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M&Aによる会社売却の失敗パターン:無意味な意向表明書(LOI)の受領 

2018/2/2

M&Aのプロセス

M&Aによる会社売却の失敗パターン:無意味な意向表明書(LOI)の受領 

M&Aによる会社売却のプロセス前半の山場で、セルサイド(売り手)は、意向表明書(LOI: Letter of Intent)というものをバイサイド(買い手)から受け取ります。LOIは通常数ページの紙ですが、この意味合いは(本来は)かなり重いものです。実は、「初期的関心」を示しているだけのこの数ページの紙(LOI)の受領タイミングは、M&Aによる会社売却の成否を分かつ分水嶺とも言える重要局面なのです。そのことをセルサイドが理解されていないケースが多いようで、気軽に初期的情報開示をして、気軽に初期的意向を受け取ってしまい、結局、最終的にはM&Aによる会社売却を失敗(売れない、売れても安い)させてしまうケースが散見されるようです。

セルサイドは、バイサイドからの評価(LOI)をお試し感覚で受領するのは間違いです。LOIまでに重厚なM&A戦略を練って、最適な相手に、最適な提案をしたかどうかがM&Aプロセスの中でもっとも重要である点を強く意識してください。

バイサイドにとっても、品質の低い情報開示を基礎に、DD後に大幅変更する可能性を意識したLOI(意味のないLOI)を提示しても、結局時間の無駄になるリスクを抱えます。意味のないLOIは、破談リスクそのものです。セルサイド・バイサイドともに避けたい状況のはずです。

セルサイドにとって、重厚なM&A戦略の立案という準備活動は、100%成功する保証はないのに、一定以上の努力を伴いますが、通常、M&Aの成功確率を向上し、M&Aの期待成果も向上します。万が一、M&Aで売却できないという事態となっても「やってよかった(=次につながる、業績が良くなる)」というプラスの効果が生じます。リスク・努力に応じたリターン・報酬はあるので、積極的に向き合う方が合理的です。

特に、ユニークな強みのある中小企業のM&Aの場合、①ユニークであるがゆえに誤解されたり理解不足になりやすい、②中小企業であるがゆえに改善余地が眠っていてバイサイドに的確に理解してもらう必要性が高いといった難点があることを考慮すると、LOI提出の段階までにどれくらいM&A提案に品質を備えることに成功したかで、最終的な結果が概ね決定付けられます。

しっかり準備しておくだけで、セルサイドにとっての交渉破談・安値売却リスク、間違って買収するバイサイドにとっての無駄な投資リスク、検討断念したバイサイドにとっての時間の無駄リスク、最適だけど提案を受けなかったバイサイドにとっての機会損失リスクを最小化できるため、関係者全員にとって大きなメリットがあると思われます。

M&A助言会社の仕事の品質を業務委託をする前に十分に確認すべきです。

M&Aの一般的なプロセス

M&Aのプロセスは、ターゲット企業(売り手企業)の機密情報の漏洩/拡散を防止したいセルサイドと、ターゲット企業の内情が分からなければM&A実行の可否判断や条件を検討できないバイサイドとの間で、「徐々に情報を開示して双方の距離を縮めていく」という段階的なプロセスが採用されることが通例です。

STEP1: M&A助言会社選定

STEP2: M&A戦略策定・事前準備

STEP3: 匿名情報開示(ティーザー/ノンネームシート)

STEP4: 機密保持契約(NDA: Non-Disclosure Agreement)

STEP5: 詳細情報開示(IM: Information Memorandum)

STEP6: 意向表明書(LOI: Letter of Intent)

STEP7: 企業精査(DD: Due Diligence)

STEP8: 条件調整・合意(Documentation)

STEP9: 契約・実行(Closing)

このような流れを採用するのは、双方の情報開示に対する警戒要求の距離を、M&A実行の「確度」に応じて徐々に埋めていくしかないという現実に即したものと考えられます。

M&Aプロセスをおさらいしてみます。

まず、M&Aの初期的な打診のステップでは、セルサイドの企業名称すら開示せずに、おおまかな業種、地域、規模感、特徴などをバイサイドに伝達し、関心を示した先には秘密保持義務を負ってもらいます。ここで情報を漏洩したり、無断で自社利用したり、キーパーソンの引き抜き等を禁止し、守らなければ損害賠償という枷を課すわけですね。早速この段階で、M&Aバンカーは、バイサイド企業の関心有無や経営能力・意欲等を見極め、バイサイドを絞り込むため、ティーザーによる打診は非常に重要なステップです。その上で、具体的なターゲット企業の名前や、競争優位性の源泉(強みの中身等)等を含む詳細な情報(IM: Information Memorandum)を開示します(秘中の秘の企業機密は伏せる場合もあります)。その詳細情報を吟味したうえで提出されたLOIの条件がセルサイドとして許容できるものであれば、原則としてバイサイド1社だけを選定した上で企業精査(DD: Due Diligence)に進んでもらうステップになります。

M&Aプロセスについて大事なことは、企業精査(DD)以降のプロセスは原則として1社との交渉であって、しかも期間が長いということです。短くて2カ月、通常半年前後、まれに1年以上を覚悟しておかねばなりません。優良なバイサイドほど慎重にリスクを見極めるので、高い価格で売るためには避けては通れないプロセスです。

この長丁場の出発点がLOIであり、DD中に精査されて指摘を受ける内容まで考慮に入れ、適切に情報開示をした上でのLOIを受領していないと、後で酷い目にあうリスクがあるわけです。

バイサイドの初期的プロセスでの鉄板思考回路

① バイサイドはM&Aの失敗を回避したい。そのため過剰に高額な価格による買収(高値掴み)を避け、できるだけ安い価格で優良な会社の経営権を取得したい。
② (将来的に判断者の責任問題になるため)バイサイドとしてはDDを省略できない。しかしDDには数百万円から数千万円という高額のコスト(弁護士、会計士、税理士、経営コンサルタント等による第三者評価)がかかり、無駄なDDコストは負担したくない。
③ バイサイドは徒労リスク(時間とコストをかけたのに買収できず、他の譲受候補者に取られてしまう可能性)はできるだけ避けたい。
④ バイサイドは、単にターゲット企業(売り手企業)の事業や財務のみならず、単独での改善や成長、シナジー等(2つの経営体が結合することで創造される付加価値)の実現可能性や期待効果、それらのためにかかるコストを具体的に吟味してから判断したい。

バイサイドは、必ず、このような思考をするものです。

このバイサイドの鉄板思考回路を踏まえ、セルサイドは、最適ではない相手に、又は、アンフェアな条件で、大事な会社を売却しないためのM&A戦略を立てるべきなのです。いい加減な準備と野放図なバラマキ提案をしたところで、企業の将来可能性という複雑系情報が適切に伝わるわけがありませんから、『初期的段階で楽をすると、M&Aの失敗に直結する』という現実を認識していただきたいのです。

具体的目標(ゴール)を見据え、所与の環境を正確に把握(制約条件)し、しかるべき対策を入念に講ずる(戦略策定と準備)というのが、優秀な経営者の鉄板思考回路でしょう。M&Aが通常の事業経営と違うのは「M&Aは『第二の創業』レベルの地殻変動が生ずる(というかプラスの意味で地殻変動を起こすことことがM&Aの目的)」という点です。「地殻変動」の期待効果が、事前の「戦略」や「準備」にかかっているのも通常の事業経営と同じですね。

強烈にM&Aによる会社売却の具体的目標(ゴール)を意識して、「逆算」して、「戦略的に」動きましょう。M&Aでは、LOIの段階で取返しのつかない差が生じてしまうのですから。

意向表明書(LOI)は正式意向であるべきなのに。。

何度も言いますが、意向表明書(LOI)というステップは、きわめて重要なステップです。

なぜなら、NDA(秘密保持契約)を締結しただけではなく、LOIを提出するということは、実際にDDという多額のコストや多くの時間を消費する覚悟を、バイサイドが宣言してくれる分岐点だからです。その意味で重みがあります。通常、法的拘束力(Non-Biding)とはいえ、バイサイドの具体的関心という重みはあります。

日本の中堅中小M&Aでは、そもそもLOI過少評価された安値価格を記載されやすい構造問題があるのですが、公正価値(フェアバリュー)に基づく価格をLOIに記載してもらったのに最終的に、大幅にフェアバリューを下回る条件でM&Aを最終的に成立させてしまうケースも散見されます。

バイサイドにとってはDD後の条件引き下げ交渉の成功ですが、セルサイド(会社オーナー)にとっては非常にもったいない事態です。準備段階の失敗が根本原因でしょう。しっかりとした準備さえしていれば、LOIの条件を守ってくれる誠実なバイサイドを見つけられたはずです。

LOIは、通常、法的拘束力を持ちません。しかし、本来、選び抜いたバイサイド候補に対し、NDAという義務を課したうえで、具体的検討ができる程度に詳細な情報を開示したうえで受領すべき「確度の高い買収の意向」を記載した「重みのある正式書面」であるべきです。

バイサイドに、DD前とはいえ相当のコミットをした具体的条件を記載してもらうためには、的確で十分な詳細情報の開示(高品質な情報開示)をする必要があります。この考え方を知っているかどうかでM&A会社売却、特に公正価値(フェアバリュー)でのM&A会社売却の成否が左右されると言っても過言ではないでしょう。

安易にDDステージに進んでしまい、LOI前に開示していなかった事実を指摘され、大幅な条件下方修正の受け入れを強いられる、その条件を受けなければイチからM&Aプロセスをやり直しという事態は避けたいはずです。

大半のM&A初心者セルサイドは「専門用語が飛び交うDDの終盤になるとヘトヘトになる」ため、気楽にDDに進んだ半年後、LOI記載条件を大幅に下回る条件を打診されて、最終的に折れてしまう、というお気の毒な事態が発生しがちなわけです。これを避けるためM&Aバンカーは初期的段階なのに、スタート時点で早速ゴールを見据え、開示情報、開示相手を精査する義務があるわけです。

なぜ大事な意向表明書(LOI)が信用できない単なる紙っぺらになってしまうのか?

なぜ、LOIと大きく異なる条件で最終合意せざるを得なくなってしまうのでしょうか?

その理由のうち最も多く確認できる原因は、M&AアドバイザーがNDA受領後に開示する詳細情報が、あるべき水準よりも低品質かつ欠落の多い情報だからでしょう。多くのM&A助言会社が「効率」を重視する傾向に拍車がかかっており、この問題は無視できないレベルに膨らんでいるように思います。

バイサイドは実際にセルサイド企業を買収しリスクを背負いながらセルサイド企業を成長させていくという覚悟能力が必要な立場です。問題の多い情報開示のケースでは、NDA締結後、バイサイドに、数年分の財務諸表と僅かな追加情報という「詳細情報と称した簡易情報」を開示するのみで、すぐにLOIを受領するステップに突入しようとするケースが多いようです。

バイサイドとしては「とりあえず分かる範囲で書いてみた」、「DDのあとで如何様にも修正できる参考レベルの意思表示」のLOIしか用意できません。バイサイドとしても「仕方ないのでそうした」可能性が高いということです。そして、「あとで本当の事実が判明したのだから、それに応じて条件を下方修正した」というのも当然の主張とも言えるわけです。誠実なバイサイドでも下方修正することは十分にありうるのです。

セルサイドのM&Aバンカーの方が、DDを担当する経営コンサルタントや会計士等よりも「ターゲット企業の内実詳細や可能性・リスクについて遥かに詳しい」という状態が望ましいわけです。深い議論もできます。その上でLOIを受領しておけば、DDに進んでから「LOI条件をひっくり返される」という甚大なリスクを背負わずに済みます。

意向表明書(LOI)に記載してもらうべき事項

本来、NDA締結後、インフォメーション・メモランダム(IM)開示後に受領すべきLOIは以下のような情報を記載してもらうべきです。

■ バイサイドの概要
■ 譲受後の経営方針(これが、非常に重要)
■ 100%株式譲渡の場合の株価(当然、重要)
■ 株式評価の考え方(詳細開示情報を元にした計算根拠)
■ 取引スキーム(100%株式譲渡では距離が埋まらない場合に工夫)
■ 資金調達方法(どうやって買収資金を確保するつもりか)
■ 役員・従業員・社名・取引先の処遇
■ DDで希望すること
■ DDで採用予定の外部専門家等
■ その他、希望事項等

上記のような項目について、セルサイドにとって意味のある内容を記載してもらう、つまり、合理的な理由なしにLOIに記載した条件を下方修正することを禁じたLOIとしなければなりません。当然ですが「情報不足」は立派に合理的な下方修正理由ですから、セルサイドは必要十分な情報開示をしておかなければ、LOIは単なる紙切れ、感想文に過ぎないことになります。LOI前の詳細情報開示をいい加減に済ますことは、大げさに言えば、『セルサイドは、DDの結果、大幅な条件下方修正を許容している』と言っているようなものです。楽をするのもいけませんし、楽をしたがる業者の言い分を真に受けるのもよくないのです。

少し脱線しますが「投資は自己責任」と言います。しかし「自己責任は十分な情報開示がある場合に限定される」というのが、投資の世界の鉄則中の鉄則です。不十分な情報開示しかなされなければ、バイサイドは責任を取ってLOI価格で買収しなくても何ら問題がないとも言えます。不十分な情報開示はLOI免責事由なのです。

ところで、LOIには「法的拘束力がない旨(Non-Binding条項)」が盛り込まれるのが通常です。これは、企業精査(DD)が未済の状態(情報不足の状態)で提出する前提付きの意思表示なので、記載条件通りでの履行を法的に約束できないという意味です。しかし、だからと言ってLOI前の情報開示をいい加減にして良い事は一切ありません。セルサイドとしては、LOI記載条件を大幅に下回る条件で売るのは困るし、バイサイドもDDが徒労に終わるのが困るので、LOI前までが勝負の分岐点という理解をしていただくことで間違いはないのです。

情報漏洩リスクと情報開示範囲のバランスを取り、厳選した相手に十分な情報開示をしておくことが、期待値を最大化する王道です。

意味のある好条件LOIを獲得するために重要なのは、情報開示(IM)の品質

本来あるべきM&Aの手続きでは、Information Memorandum(IM)という、数十ページ以上(巨大なM&Aでは数百ページになることも)の詳細な情報開示を実施してからLOIを受領するものです。

IMには通常このような情報を盛り込みます。必要に応じて臨機応変に開示する情報をコントロールしましょう。

■ 市場の状況(ターゲット企業が属するマーケットの現況/見通し/特記事項等)
■ 競争の状況(ターゲット企業の競合企業とSWOT的観点からの比較等)
■ 事業の状況(ターゲット企業の事業の状況、バイサイドに早めに知っておいてもらうべき情報を網羅)
■ 組織の状況(ターゲット企業の組織(人)の状況、経営キーパーソンや一般従業員に関する重要情報)
■ 財務の状況(PL/BS/CFを中心に、重要な財務に関する情報を網羅)
■ 事業計画(今後の競争上のポジショニングを踏まえた改善施策等を中心に、財務的成果を予測、複数シナリオを準備等)
■ その他留意事項(DDで指摘されると下方修正リスクのある事項についてセルサイドから事前に開示等)

「意味のあるLOI(後でひっくり返されないLOI)をバイサイドに記載してもらうこと」がIMの目的であり役割です。セルサイドにとっては、バイサイドは敵ではなく、むしろお客様またはパートナーと言えます。そういうバイサイド候補に、ターゲット企業について、『よい会社かどうか』、『どういうシナジーの可能性があるか』、『どういうリスクがあるか』、『どうすれば最高のパフォーマンスを実現できるか』、『どうすればリスクをコントロールできるか』、という当たり前のことを具体的に知ってもらう手続きを「いつするのか?」が大事なのです。LOIの前に知ってもらう方が良いに決まっています。DDプロセス以降になるとバイサイド選びが終わっています。だから、LOIの前に開示するIMの品質が極めて重要なのです。

弊社(シェルパ・キャピタル・アドバイザリー株式会社)の場合、通常、平均80ページ前後のIMを作成させていただき、セルサイド企業の魅力、可能性、リスク、施策等を凝縮し、しっかり説明できるように万全の準備をします。またバイサイド候補についても、この段階で徹底的に分析検討し、M&Aストーリーの構築と並行して、バイサイド候補厳選絞り込み作業をしておきます。

そのため、弊社の場合、LOIで提示された条件から大幅に下方修正されて成約したケースは、今までに一度もありませんし、LOIに記載される価格条件もバイサイドの公正価値(フェアバリュー)の下限以上の価格を記載してもって、最終的に安値売りになった事例は今までに一度もありません。

意味のあるLOIの受領は、M&A会社売却を成功させるため、本当に大事です。