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厳しいデュー・ディリジェンスを嫌うM&A売り手が失う大事なもの

2020/4/2

M&Aのプロセス

厳しいデュー・ディリジェンスを嫌うM&A売り手が失う大事なもの

例えば、持ち家を売りたいとはいえ、誰しも、赤の他人に土足でマイホームに踏み込まれ、タンスや台所の隅々までひっくり返して細かくチェックされ、問題点を洗い出されることに、喜びを感じることはないでしょう。

しかし、実は、ことM&Aに限って、細かく、厳しくチェックされる方が、喜ばしい状況なのです(セルサイド(売り手)にとって)。なぜなら、好条件でM&A交渉が進んでいることを暗に示しているからです。M&A交渉が上手くいっているかどうかのリトマス試験紙のようなものです。

つまり、「DDは大変だ、難しいことは避けたい、うまくやっておいてほしい」ではなく、「DDは、あるべき創業者利潤を実現させるための必要な負担であり、創業者利潤が不要に下がってしまうリスクを避けるため、積極的に対応すべき通過儀礼であり、全体から見れば、厳しいDDなど些事にすぎない」と考える方が結果を好転させるでしょう。

優しいDDであればあるほど、セルサイドにとって悪い条件で交渉してしまっている可能性が高いので、厳しいDDであればあるほど喜ぶべきなのです。しかも、事前にセルサイドFAと協力してしっかり準備しておけば、さほど大変でもありません。

セルサイドであるオーナー社長にとって、現実的に気になるのは「DDの負担度」でしょう。適切に事業を運営し、業績を落とさず、さらに、一定期間、不慣れな専門領域の大量の資料を準備したり、大量の質問責め(合計で数百問から1,000問程度※IMの品質で変動)に対応するストレスや負担は、小さくないはずです。本質的に重要な領域以外についても、DDベンダーとしては一通りチェックした形跡を残す義務があるため、DDを経験したセルサイドオーナーとしては「面倒だった」が正直な事後的感想だと思います。

ぜひ、このように考えてみてください。

「DDで頑張る代わりに入手できる公正価値と、DDで楽する場合の割安価格との差額」を「セルサイドオーナーのDD対応時間数」で割り算すると、100万円以上になることがあります(弊社受託案件の場合はノーマル水準)。つまり、時給100万円の作業と思えばやる気も出てくるはずです。100時間の面倒な作業だけは必須ですが、残りの超面倒で膨大な作業はセルサイドFAに頼めばよく、それで受け取れる追加の〇億円を逃す手はないでしょう。つまり、+1億円÷100時間=時給100万円、+3億円÷100時間=時給300万円です。

弁護士や会計士等の怖い人から、細かい点までチェックされるのは憂鬱になると思います。でも、こう考えれば、気が楽になると思います。専門家DDというものは、所詮、各種専門家というターゲット企業の実態に関して何も知らない人たちで、数週間という短期間で「知りうる範囲(保証: Assuranceではなく、合意された手続: Agreed Upon Procedure)」でチェックするだけなので、数カ月も前から共闘しているセルサイドオーナー+セルサイドFAチームの方が、はるかに強いチームになっているはず、つまり(セルサイドFAが、「DD領域含めたM&Aのプロ」である限りにおいて)専門家DDは恐るるに足らないのだ、と

セルサイドから見たDDの本質とは?

セルサイドオーナーが、受領できるキャッシュの多寡は、M&A交渉の最終局面:クロージング段階になってはじめて「確定」します。

それまではあくまでも「暫定的な仮条件」で交渉を進めるわけで、DDはこの「暫定条件をどう修正すべきか」をセルサイド・バイサイド間で交渉する重要局面と言えます。

これが「M&A会社売却の結果が、やり方ひとつで様変わりする原因」の1つです。

望ましいM&Aプロセス前半戦」つまり「DD開始前のプロセス」とは、「効率重視プロセス」(=とりあえず先に進んで後で後悔)ではなく、「品質重視プロセス」(=最終成果を確実にしながら進む)です。

つまり、前者の効率重視ですと「ペラペラのノンネームシート」と「なんちゃってインフォメーションメモランダム(IM)」で「後で簡単にひっくり返せる無意味な意向表明書(LOI)」を受領することになりますが、後者の品質重視ですと、「しっかりしたティーザー」でバイサイドからの初期的関心を引出し、「高品質のIM」を開示し、高確度のLOIを受領します。この段階でDDで辛い状況に陥るかが決まってしまいます。前者は「優しいDDでバレずに突破したいと祈るしかない(でもバレる)」ですが、後者なら「厳しいDD全然ウェルカム」です。

弊社はそもそも、LOI受領前・DD前を「真の勝負時期」とし、しっかりと緻密な準備をして、できるだけ高確度の条件が記された意向表明書(LOI)を獲得してからDDに進むことを非常に重視する点で、異色なM&A助言会社ですが、一般的なM&A実務は「効率」を重視する傾向に拍車がかかっているため、基本的にDD開始時点における条件(LOI記載条件)は、参考程度の「暫定的な仮条件」に過ぎなくなってきています。

過度の効率重視のため、「DD後の大幅な条件の下方修正」、「レプワラ・インデムによる売却後のキャッシュ返金」、「逆アーンアウト等による売却後のキャッシュ返金」が増えている印象があります(弊社は創業以来、このような残念な結果を招いたことはなく、徹底的に準備の品質に拘ったおかげと自負しています。)。つまり、LOIに記載された売却条件の信頼度は、起用したM&A助言会社の仕事の品質次第でケースバイケースです。

LOI上の暫定条件が好条件であればあるほど、当然、DDは厳しくなります。でもウェルカムなのです。

ところで、バイサイドの利益を増やしたい(=買収価格を引き下げる材料を探したい)バイサイドDDベンダーとしては、セルサイドオーナーが会計・税務・法務・金融についての知識が少ないほど、無茶な主張をゴリゴリと押し通したくなるインセンティブが持っています。

また、DDプロセスでは、多数の専門家が登場しますが、DD中のやり取りが本当に公平で妥当なものかどうかについて、セルサイドFA(片手タイプのM&A助言会社)を除き、誰もセルサイドオーナーの利益を守る観点からチェックしてくれません。

セルサイドオーナーがM&A弁護士やM&A会計士等と専門分野で渡り合う専門知識を自分で身に着けるか、もしくはそれを代わりにやってくれるセルサイドFA(片手タイプのM&A助言会社)を雇うしかないでしょう。

大事なことは「絶対的味方」を傍らに置いておくこと

DDベンダーによる非合理的な主張無茶な要求等をセルサイドの利益のために押し返す役割を担うのが、セルサイドFAです。

たとえDDベンダーが、5大法律事務所の辣腕弁護士だろうが、Big4のパートナー公認会計士だろうが、真正面から対峙し、不当な指摘や要求についてはキッチリとロジカルに退けることも、非常に大変ですが、セルサイドFAの大事な職責の1つです。

短期間広範囲にわたる専門家意見を整理しないといけないのがDDなので、実は、DDで登場する、難しい試験を突破した各種先生方も、頻繁に、信じられないような誤解をしますし、彼らのクライアントであるバイサイドに便宜を図るため、筋の通らない意味不明な主張を意図的にしてくることがあります。

特に、ターゲット企業が相対的に小さいサイズの中堅中小企業ですと、若手専門家のDD経験を積む実験台になりやすく、想定外の質問や指摘を浴びせられたりするなど、運が悪いと余計な面倒に巻き込まれることもあります。

経験豊富なDDベンダーが担当することになったとしても、セルサイドオーナーやM&A助言会社の専門知識が少ないと感じれば、「ココがチャンス」とばかりに責めてもくるでしょう。「法の番人であるはずの弁護士なのに、こんな無法をしてくるのか」と辟易してしまうこともあるものです。

しかし、通常、DDベンダーも嫌がらせをしたいわけではなく、単なる誤解や無知が原因であるケースが多いので、終始、誠実に対応する方が、セルサイドの利益を守るためには得策です。

しかし、万が一、バイサイドのM&A担当者が、DDベンダーを利用し、無茶な価格引き下げ要求等をしてくるならば、M&Aは信頼関係が礎ですから、キッパリと破談にした方がよい場合もあるでしょう。このような場合に備え、絶対に最初から相対交渉にはせず、複数のバイサイド候補を抑えておくことが望まれます。

「DD・バリュエーション・ドキュメンテーション・事業経営・金融実務の専門知識のあるメンバーが深く関与する、片手報酬タイプのM&A助言会社だけが、セルサイドオーナーの絶対的味方になることができる」という点は肝に銘じて下さい。

通常、DDプロセスに入るのは、M&Aを本格的に開始してから「数カ月後」です。つまり、すでに数カ月もの時間を消費している時点で「このままDDに進めてもよいかを決断」することになります。「すでに後戻りできなくなってから後悔しても遅い」のです。

失敗しかけたセルサイドオーナーが逆転できた理由とは?

過去、弊社が売却サポートしたクライアント様で、こんなケースがありました。

弊社による案件受託前に、両手タイプのM&A仲介会社に委託していて、「DDまでは好条件だったのに、DD中に半額に減額」という事態に陥るなか、このM&A仲介会社はDDが進むほど、残念なことにバイサイドの味方(早期成約のみを重視)になっていき、バイサイドの非合理的な主張を押し返す努力を全然してくれなかったそうです(内容を聞いてみると事実無根の無茶苦茶な要求でした)。DDまで進むと「破談(一からやり直し)のダメージ」は重く、「もうすぐ大金を貰えるという心理」がセルサイドオーナーの立場をさらに弱くします。M&A初心者のセルサイドオーナーなので弁護士等の専門家が強く言えば簡単に説得できると甘くみたのでしょう。しかし、このクライアント様は、賢明にも、勇気をもって、それまでの交渉経過を一切捨てる決断をし、新たに弊社との間で業務委託契約を結んでくれました。弊社を通じ、全く別のバイサイドに、減額前の好条件をさらに上回る公正価値(フェアバリュー)にて売却することに成功しました。この切替決断の価値は数億円にのぼります。「できれば最初から両手タイプではなく片手タイプのM&A助言会社に頼めばよかった」と振り返ってました。半年以上の貴重な時間を失ったわけですので。

とどのつまり、不当な主張を展開しない誠実なバイサイドを選び、仮に非合理的な主張が展開されても、キッチリと反論してくれるセルサイドFAを選べばよいのです。目先のコスト重視でM&A助言会社を選んでしまうと、結局、こういう落とし穴に落ちやすくなるのは普遍の真理でしょう

大事な仕事」を頼む専門業者の選定基準として、「早い・安い」を採用するのは、「なにかがおかしい」と感じるセンスが要求されます。「一見高いけど・結局安く済んだ」が正解ではないでしょうか?結局「高く売れれば、M&A助言会社に払う報酬など余裕で元が取れる」わけです。

DDの対象となる情報の範囲とは?

DDでは、昔と異なり、リアル・データルーム(ターゲット企業内の会議室等を「データルーム」と称し、1ヵ月程度の期間、あらゆるM&A用開示資料を保管し、コピー機等も設置し、弁護士や会計士等が与えられた時間枠内で資料をコピーしまくるスペース)を設けることはほぼなくなっていて、バーチャル・データルーム( 大量の資料を格納できるインターネットでアクセス可能なクラウド・データ・ストレージ)を用意することになります。 通常、バーチャルデータルームに、セルサイドが用意した資料を、セルサイドFA等が整理して格納します。

気になるのがDDにて開示する資料の量ですが、各種の社内管理資料のうち、開示すべき資料を吟味して選び出し、Excel、Word、PDF等のファイル数にして、500ファイル以上3,000ファイル以下が、一般レベル(売却対象企業数、事業規模、事業の種類、事業の専門性によって変動)と思います(どんなにシンプルな事業でも300ファイル以下ならばおそらく「優しいDD」なので、危険シグナル点滅中。)。

ところで、「安値買収のチャンスを常に窺っているバイサイド」ではなく、「公正価値で会社を買って、ちゃんと育成する自信を持っているバイサイド」を、「優良なバイサイド」と呼ぶことにします。

ところで「全然わからないなら投資してはいけない。どうしてもわからない部分が残るなら保守的に判断せよ。」が事業投資の鉄則であり、「優良なバイサイド」は、ほぼ例外なく、この鉄則に従って投資判断を下します。

優良なバイサイドに、ちゃんとわかってもらうこと」が非常に重要ということを意味します。

ちなみに、ちゃんとしたM&Aアドバイザーが支援する場合、 これら膨大なファイルのうち特に重要な機密情報については、(情報漏洩者を特定しやすく、情報漏洩を防止する目的で) ファイル1つ1つにパスワードを付けます(これだけでも重労働です)。

しかも、競争入札等、複数社がDDに参加する場合や、特に機密性の高い情報が含まれる場合などでは、バイサイド別に異なるパスワード社名透かしを付けたり、バイサイド担当者別の資料ナンバーを印字してハードコピーを配布したり、資料によってはダウンロード・印刷・持ち帰り不可としたりすることもありますので、短期的に膨大な単純作業が発生することになります。

単純作業とはいえ「事業・会計・税務・法務等の個別論点が、M&A的にどう影響し、開示すべき重要性があるか、開示をギリギリまで遅らせるべき重要性があるか、補足が必要か等の高度な判断」を個別ファイル単位で実施しないと、バイサイドDD判断やターゲット企業の機密情報管理上、大きな問題が生じえますので、ちゃんとしたM&A助言会社であれば、各分野の専門知識をもつ担当者に作業をさせます。

大変そうですが、ちゃんとした形で開示した方が、結局、セルサイドは潤いますし、不要なリスクも遮断できます

セルサイドにとってDDはチャンスでもある

デュー・ディリジェンス(DD) は、「企業精査」等の包括的な表現で訳すのが正解で、「資産査定」とか「企業監査」という訳はその内容を正確に表していません。

DD対象となる情報は、売却対象事業に関わる「全てのリスクや可能性」であり、これから全リスクを負う新オーナーが、安心して投資するために把握しておきたい「全ての情報」です。決算書といくつか細かい資料を出せばよいわけではありません。監査証明ではないので監査ではないし、資産計上額の実態調査だけではないのです。

外資系DDベンダー等の優秀なDDベンダーが着目するのは主に「調整EBITDAフリーキャッシュフローといった企業価値評価の基礎数値の妥当性・安定性・成長可能性」です。重要な瑕疵のない健全なターゲット企業であれば、これ以外には、事業外資産の評価簿外負債・偶発債務の発生可能性や発生時のインパクトくらいであり、他に重要なDD精査対象はありません(ただし、許認可業務社会的、環境的負荷等の単一事業体としての評価に止まらない精査目的を設定しているケースや、オーナー系企業がおざなりに済ましている形式面の不備等は別として)。

例えば、国内監査法人に入社してから、会計監査しかやったことのないDD未経験の会計士が、勘違いして、必死に正しい純資産の計算を始め、少額の誤差原因を追求したりすることがあります。しかし、本来、純資産の誤差等はハイレベルではどうでもよい情報(連結会計上ののれんが変わるだけで企業価値自体は変わらない)です。そもそも、のれんを過度に気にするバイサイドは優良なバイサイドではない可能性が高いので、優良なバイサイドを選んでいれば、純資産の再計算は(儀式としては必要なのでやりますが)重要な問題にはなりません。

むしろセルサイドが気にすべきは、DDに対する心構えとしてもっと大事なことは何か、です。

それは、DDは絶好のアピールチャンスでもあるという点です。

DD前に開示した初期的開示資料であるティーザーインフォメーションメモランダム上において、バイサイドからの関心を引き出すため、色々な「アピール」をしているはずです。これらが、公正価値(フェアバリュー)の基礎である調整EBITDAフリーキャッシュフローの根拠である一方、DD時点での評価次第では下方修正等のリスク原因にもなります。

この「アピールの根拠」をより具体的にわかりやすく示し、バイサイドに「腹落ち」してもらうことも、セルサイドから見た「DDの大事な役割」であり、「DDはアピールの最後のチャンス」とポジティブに捉える方が、精神衛生上好ましいわけです。

弱みを隠すためDDベンダーに不便なDD環境を?

セルサイドオーナーも人間なので、金融庁検査に遭遇した金融機関が資料隠蔽等の「検査忌避」をするがごとく、DD環境を不便にすることで、厳しい追求を躱したい気持ちが生じることがあるはずです。

どんなターゲット企業にも弱みがありますし、「弱みを隠すことで、DDベンダーから少しでも良い評価を得たい」というセルサイドオーナーの気持ちはよくわかります。また「時間切れ」になれば、DDでの追求はたしかにピタリ止まります。「牛歩戦術」で恥部を晒す精神的苦痛は減らせるのも事実です。

しかし、この考え方は危険です。

もし「優良なバイサイド」がDDに進んでくれているならば、真逆に、セルサイドは「DDベンダーが快適に作業しやすい環境」を提供すべきです。

まず、「可能な限り調べても、直接聞いてもよくわからないこと」に対しては、「保守的な評価」が下されます。つまり、セルサイドの知らぬところで「マイナス評価(=LOI価格からの条件引き下げ等)」を下されてしまいます。しかも、今の「弱み」は「オーナーチェンジ」に伴う「経営リソースの追加」と「経営手法のチェンジ」によって、「改善余地投資妙味」に映ることも多々ありますので、DD妨害作戦は、実は非常にモッタイナイ事態を自ら招く自滅行為なのです。

セルサイドオーナーは、むしろ、「時間的制約があり・保守的評価を宿命づけられたDDベンダーがマイナス方向に誤解しそうな論点」を積極的に見つけ「先回りの対策」をすべきでしょう。

勘違いされて過小評価される、を避ける」が最重要ですので。

つまり、①すぐに治せる問題・欠陥なら「先回りして改善・治癒」しておく、②改善・治癒できるが時間がかかる、または、バイサイドと組めば改善・治癒できそうなら「先回りして処方箋だけは用意」しておく、という「前向きな対策」が望ましいわけです。

DDベンダーは、治癒の現状や処方箋の実現可能性を客観的に評価すればよいため、「高評価のDDレポートがバイサイドに報告される可能性」が高まります。

これが「一番楽に、高評価を得る秘訣」です。

DD対応経験豊富なセルサイドFAを雇っていれば、ピシピシと「マイナス評価されそうなポイント」を見つけてくれますので、一緒に協力して、「事前治癒」なり、「処方箋用意」なりをすればよいわけです。

せっかく「社外の人なのにセルサイドの絶対的味方」で、バイサイドやバイサイドDDベンダー等がどんな誤解をしそうか勘が働くセルサイドFAを雇うなら、「徹底的に使い倒す」が正しい使い方です。その結果、株式譲渡額が増えるならセルサイドFAも喜びます。

一部フリークエントバイヤーの口癖

ここ数年、一部のフリークエント・バイヤー(頻繁にM&Aを実行する事業会社や投資ファンド)が次のような発言をするようになりました。

M&Aアドバイザーさんは大変でしょうから、売却案件を持ってきてくれるだけでいいですよ。DD資料も、うちはとても慣れてるので、何も準備しなくても良いです。資料をコピーしたり、面倒なことは全部うちでやりますから。M&Aアドバイザーさんが専門知識を勉強する必要もないです。うちの弁護士や会計士がちゃんと見ますから。

一瞬でも「なんて優しい人なんだろう」と思ってしまった人は要注意です。

弊社は、この発言意図を正確に理解しているので、クライアント様であるセルサイドオーナーが受け取るべき創業者利潤を死守するため、こういう発言をするフリークエント・バイヤーは基本的に相手にしないことにしています

せいぜい数百万円から数千万円のDDコストなど、数億円、数十億円も安く買えるなら、バイサイドからすれば、単なる誤差なのです。

DDの結果を見ることのできない人

意外と知らない人が多いのが、「DDの結果をまとめたDDレポートを見ることのできる人は誰なのか」です。

一般にDDというと、バイサイドDDのことを指します。「バイサイドが、自らが不測の損害を被らないようにするため、外部第三者の専門家を数名から十数名程度(巨大グローバル企業の売却案件では世界合計数百名というケースもありますが、国内の中堅中小規模案件では最小限のメンバー数が通常)、短期的に雇って、売却対象事業の隅々までをチェックさせる業務」がバイサイドDDです。

DDは、通常、2~4週間程度をかけてセルサイドが開示した資料や質問への回答等をチェックして、法令、会計基準、税法等と照らし合わせ、初期的開示資料で説明された内容と矛盾がないか、偶発債務や簿外債務がないか、バイサイドが不測の損害を受けることがないか、あるならどのようなインパクト・確率・条件か等、を整理してDDレポートとしてまとめます。その後、DDレポートをインプット情報の1つとしてバリュエーションレポートに反映させる場合もあります。

DDレポートは、バイサイドが受領し、バイサイドが意思決定する際の重要参考情報となります。バイサイドがLBOローンを利用する場合、バイサイドの一員であるLBOレンダーの銀行等も、DDレポートを受領して融資実行可否を判断する際の重要参考資料として利用します。

しかし、基本的に「セルサイドは、DDレポートを見ることができません」。 例外的に、バイサイドが、セルサイドと具体的な問題点の解決方法等を相談するため、セルサイドに対して、DDレポートの一部を開示してくれることはありますが。

「台所の奥、冷蔵庫の裏まで検査してもらったのに、検査結果は教えてくれない」のがM&AにおけるバイサイドDDです。

ネガティブな評価がビッシリ書いてあるケースもあり、セルサイドに見せると、怒って破談になることもあるでしょうし、お金を払って専門家を雇っているのはバイサイドであってセルサイドに見せる義務もないからです。

また、バイサイドDDベンダーバイサイドの絶対的味方です。中立の立場ではありません。ある意味、セルサイドオーナーにとって一番厳しい相手がバイサイドDDベンダーです。

つまり、DDベンダーは、セルサイドが開示した情報や回答等を懐疑的に検証分析することが職責ですので、DDベンダーがセルサイドの知らないところで「勝手に悪い形で誤解」することが頻繁に起こります。

バイサイドとしては、取締役会や経営会議や投資委員会等の意思決定機関において、「DDレポートでこういう悪い評価が出た」ために「買収を中止」したり、「買収条件を引き下げなければ実行できない」という結論を下すことになります。

DD開示資料の中や、マネジメントインタビューにおいて、たったの1行たったの一言、のうっかりが、重大な誤解を生んだ結果、悲惨な結末を迎える可能性がありうるのがDDの怖いところです。

セルサイドはDDレポートを見られないので、バイサイドがセルサイドに、DDベンダーによる指摘事項を開示してくれない限り、誤解されたら最後、反論の機会すら与えられないのです。

セルサイドは「DDが始まったら蚊帳の外で結果を待つしかない」わけで、セルサイドが唯一できることは、「DDが始まる前の準備とDD中の回答だけ」です。

つまり、セルサイドができることは、DDベンダーの思考を先回りして準備し、DDベンダーがマイナス方向に誤解することのないよう慎重に対処することです。