いざ「M&Aで会社売ろう」と思い立ったオーナーさん。
「でも、売り時って一体いつだろう?」と素朴な疑問に悩む方は少なくないと思います。
「考えてもわからない」「みんな売ってるなら失敗しても割り切れる」「売りたい時が売り時だ」と思考停止で大事な決断を下す前に、少しだけじっくりと考えてみてはいかがでしょうか?
ここ数回にわたって「会社の売り時」について基本的な検討ポイントをお伝えしています。
「外部環境」として、
①株式指数の状況
②倒産件数の状況
③M&A会社の採用状況
「内部環境」として、
④会社業績の状況
⑤オーナー個人の状況 <今回の記事>
前回は、④会社業績の状況と会社の売り時の関係でした。
会社業績がピークの時に売るのは売主に不利、ピークの少し間、もし今の業績カーブがポテンシャルより低い位置にあるなら元に戻してから、時間的制約の中で改善・治癒と情報開示で最終的にバランスを取るべき、という内容でした。
今回は、⑤オーナーの個人的な事情と会社売却タイミングの関係についてです。
目次
保有者は「売る権利」を持っている
そもそも、どんな資産であれ、その保有者が自分の保有物を売ろうとする事は、たとえ動機が何であろうと、それがどんなタイミングであろうと、希望する売却条件がどうであろうと、保有者の自由に決まっています。
当然、相手がいる話ですから、売りたい保有者の希望が叶う保証はありませんが、売る行動を起こす事は自由です。
M&Aは、売却会社の経営権(支配権)を外部第三者に売る取引ですので、この「経営権」という資産を保有するオーナーは、自由に売ろうとしてよいわけです。
売れればよいなら話は簡単
売れればよい、という希望条件であれば、よく考えてじっくり準備をする必要はありません。M&A市場内に買いたい人が実在し(※実在しなければ売れないだけ)、その買いたい人にたどり着けるかだけが問題です。想定される買いたい人に、自力でたどり着くか、たどり着けそうなパートナー(M&A助言会社)を見つけて、仕事を依頼すればよいだけです。
好条件で売りたいなら話は別
しかし、もし、できるだけ好条件で売りたいというニーズを持っている場合は話は別です。
M&A市場で大人気の事業を売るケース(完全売り手市場の売却対象会社を売るケース)を除けば、自分の都合を相手に無理強いしてもあまり良いことはないので、より自分に有利な状況を整えて、売主にとっての好条件(つまり価格が高め等)でもぜひ欲しい、買いたい、他に取られたくない、と思ってもらえるようにしてから売るべき、というのが、今までの4回のコンテンツの内容です。(実際にそのような考え方に忠実に行動を起こし、それを継続するのは難しいことなので、意図せず自分の都合を無理強いしてしまっているオーナーさんや、相手の立場で考える発想がないオーナーさんが非常に多いのが現実で、それがM&A会社売却のあるある悲劇の元だったりするわけです。)
個人的事情で急ぐなら問題はもっと大きくなる
できるだけ好条件で売りたい、でも、抜き差しならない事情があって、どうしても早く売るしかない、という場合には、その残された僅かな時間の中で最大効率で努力して条件を整えながら売るしかありません。
タイミングを計るのは重要です。本当に重要です。好条件で売りたいなら。
タイミングを計る余裕がなくなるのは、今にも会社が資金ショートしそう等の特殊な状況(再生スポンサー探し)を除けば、主にオーナーさんの個人的事情が大半だろうと思います。
5つの売却動機タイプ
そもそも会社を売ろうと考える動機にはどんなものがあるでしょうか?典型的なケースを列挙してみましょう。ここでは、個人オーナー企業を前提としていますので、大企業のカーブアウト(ノンコアからの撤退)等の動機は無視しています。
- 経営への興味・関心が途絶え、別の事業を始めたいがお金と時間が必要(今の会社を売って速やかに引退すれば、時間とお金が両方手に入る)
- アーリーリタイヤをして第二の人生を謳歌したい(会社を経営能力のある相手に売れば、第二の人生に必要な時間とお金が両方手に入る)
- 年齢・健康・その他に問題があって経営を継続できない、任せられる後継者も社内にいない(会社を、後継者候補がいるもしくは後継者候補を連れてくる力のある相手に売れば、事業を廃業せずに済み、自分も経済的余裕の伴う余生を過ごせる)
- 関係者(配偶者・子供・親等)に問題が生じ、時間・お金を用意する必要がある(会社を売って引退すれば、時間とお金を用意でき、関係者の問題を解決することができ、最悪の苦痛を回避できる)
- 会社の経営が傾き、借入返済・個人保証・固定費用支払いが重く、毎月のお金の苦労から脱したい(会社を売って引退すれば、目の前の問題から逃げられる)
- 1.は、シリアルアントレプルナー(連続起業家)の売却理由です。ゼロ1やゼロ10のステージではワクワクする面白さを感じるものの、10から100あたりになると興味が薄れてきて経営意欲が湧かないという、崇高なチャレンジにこそ満足を覚え、マンネリ感が出てくる安定ステージの経営管理に物足りなさを覚えるタイプの方です。
- 2.は、最近流行りのワークライフバランス重視、今までの仕事へ投入しすぎた時間を人生全体の視点からリバランスし、今までと次元の違うお金と時間の使い方をしたい、個人的満足を追求する人生を送りたいという希望を持つ方です。成熟社会は多様性に寛容になりますから、こういう方は徐々に増え続けるのではないかと思います。
- 3.は、いわゆる事業承継ニーズというもので、年齢等を起因とした後継者問題を解決したいタイプの方です。重い病気、入院等を機に突如として考え始める方もいれば、健康なうちに事業を永く残す方法を見つけて安心したいという方もいます。
- 4.は、身近な人のケアの方が、仕事上の地位よりも大事という他者愛タイプの方です。M&Aで売れるレベルまで会社を育成するのは大変な事であって、創業者がそこまで成功するにはある程度の我の強さが絶対に必要です。ただ、年齢を重ねるうちに人柄が丸くなったり、経営が長年順調に推移するうちに心に余裕が生まれてくる方などでしょう。
- 5.は、再生ステージというハイリスク投資に値する価値ある事業が残っているので、M&Aで一時的にスポンサーのマネーパワーを利用させてもらい、再起を狙えるなら狙いたいというオーナー社長なら可能性があります。しかし、多くは売り遅れです。売却か廃業か、自分や家族、多くの関係者にとってダメージの小さい方法を素早く見つけるべき方です。早めの廃業が最適解であるケースは多いです。
売るまでの時間は本当にわずかなのか疑ってみる
いずれにしても、日本で大金持ちになる一番効率的な方法は、会社を興して売る(M&A)の一択です。
好条件で売るためには、①株式指数、②倒産件数、③M&A会社の採用、④会社業績の条件が、できるだけ強い売り時シグナルを示すタイミングが望ましいものの、⑤個人的事情によって待っていられない場合、待てる範囲で最大の努力をし、タイミング最適化を図るしかありません。
しかし、ここで冷静に考えていただきたいのは、「M&Aで売るまでの時間」をどう捉えるかです。
思い込みによって合理的な解決策から遠ざかってしまう方は非常に多いのです。当社が支援させていただいたオーナーさんで、最高の結果を得られた方と、そこそこの成功の結果に終わってしまった方を分けるポイントが、この準備時間の捉え方と断言できます。
当社はできるだけ好条件で売れるよう、様々な角度から支援をしますが、当の本人(売主であるオーナー社長)が、M&Aの準備に非協力的ですと、当社には強制力はないので打つ手がありません。
当社は、あらゆるアングル、レベルからご質問をし、オーナー社長の頭の中に眠る成長改善方法を引き出したり、ときに当社の独自アイデアをぶつけて揉んでもらうこともあります。
どうしても、M&Aで会社を売ろうという気持ちに傾いたオーナー社長さんは、やはり後ろ向きマインドが生まれているケースが多く、「どうせ何をやっても無駄」と考えてしまう方もしばしばです。
M&A会社売却というタイミングは、ある意味で創業と同じくらい価値を生み出しうる転換点です。価値を生みだせれば、売却条件は自ずから高まります。
ぜひ、創業した当時のやる気を思い出していただき、M&A準備時間を最大限有効に活用いただくとよいと思います。
もちろん、当社に仕事を依頼されない方も、すでに他のM&A会社に依頼されていて売却活動を準備中の方も、まだ間に合うかもしれませんので、是非参考にしていただければと思います。
売却動機タイプ別の時間の作り方
たしかに、会社を今すぐ売ればお金が、すぐ引退できれば自由な時間が、手に入るでしょう。
しかし、有利に売るために一定の時間が必要となった場合、本当に今すぐ売るしかないのか、別の方法がないのか、を柔軟に考えてみるべきです。
準備には大きな価値が眠っていて、しかし、準備にはある程度の時間が必要なケースが多いのです。
- 1(シリアルアントレプルナー)なら、今が売り時でなければ別事業のビジネスモデルをじっくりと練り込むチャンスと捉え、売り時までの間に売却準備をすればよいでしょう。
- 2(アーリーリタイヤ)なら、はっきり言って気の持ちようだけ。売却後の人生は長く、好条件で売ったか否かで、手元のお金が激変します。選択肢の激増と、即座解放を天秤に乗せて冷静に比較しましょう。
- 3(後継者問題)なら、本当に抜き差しならない時点まで放置してしまっていたら仕方ないですが、通常、多少の時間は作れるはずです。こういうケースは当社でも多く、社内リソースや外部環境を徹底的に分析すると打開策が見つかるものです。
- 4(他者愛)も3.と同様です。お金なり時間なり、会社を売らずとも当面必要な分だけなら調達できる可能性があるかもしれません。M&Aは手段(しかもかなり極端な手段)であって目的ではないので、柔軟に手段を模索し、その上で最高の条件を目指すという道があるかもしれません。
- 5(経営危機)は、資金ショートの一歩手前など、様々やるだけやった後でしょうから、本当に抜き差しならない状況かもしれません。この場合でも工夫によって時間とお金を少しでも有利にする工夫の余地は多くのケースで存在するものです。
営業トークにご注意を
M&A業者は、自分がすぐ契約を取りたい、ライバルM&A業者に横取りされたくないので、「貴社はすぐ売れますよ」、「契約しましょう」、「すぐ開始しましょう」と強めの営業トークでぐいぐい迫って来たり、売却対象会社に関する深い理解もないまま、当てずっぽうの相場価格を提示する無責任・無能力のマニュアルくんが増えてきています。
仮に高い能力があっても、下手に正しいアドバイスをすると、会社を売らなくてよいという判断に傾くリスクもあるわけですから、「鉄は熱いうちに打て」とばかりにクライアントの本当のニーズは聞いても聞こえぬ振り、ゴリゴリと案件を前に進めて成約に突き進む、倫理観に欠陥のあるM&Aマンも少なくないのが実情です。
これは他の業界でも観察されることであり、M&A助言サービスがコモディティ化された、この10年程度で起きてしまった嘆かわしい変化ですが、現実は現実なので受け止めつつ対策するしかありません。
ところで、本来の伝統的なM&A助言サービスというのは、大いなるやりがいと深みのある仕事ですし、腕があればかなり儲かる仕事です。
つまり、長年この仕事を継続できているM&Aマンであれば、蓄財もできているので経済的な余裕があって、クライアントの利益に忠実に、磨いた腕を最大限に発揮することに喜びを感じる人も(少なからず)います。
つまり、全てのM&A業者が、即座に報酬欲しい系のゴリゴリ営業マンとは限りませんし、誠実なM&A業者には、最もクライアントニーズを満たす方法がM&A以外にあると思われる場合には、その代替策を示してくれる場合すらあります。
上場済みや上場を目指しているM&A会社の場合は特に、業績が自社の株価に直結するので、極端な短期成約ノルマを課しているM&A業者もあるようです。
「M&Aは簡単に儲かる」と甘い見通しでM&A市場に参入したは良いものの、実際のところそんなに簡単ではなく、家賃や人件費や広告費の負担が重く、売上がないと自分たちが潰れる恐怖が先行しクライアントのニーズを聞いている余裕のなくなったM&A業者もいるでしょう。
そういうM&A会社で修行しただけで、本当のM&A助言の経験がないまま、独立して、早い・安い・(自分だけ)儲かるの三拍子で成功したM&A会社もいるでしょう。
M&A会社にとって、クライアントの利益に本当に忠実になるという事は、意外なほど難しいものなのです。
真面目にやると本当に大変(寝る間も惜しむ激務の代名詞的な仕事)、リスクも高く(案件の成約の可能性は決して高くないので無駄骨リスクが相当ある)、楽をしても工夫(両手報酬、最低報酬、買い手の手先化など)をすれば十分に儲かりますので。楽な道と困難の道があり、その分岐点で前者の誘惑に負けず、後者を選べたタイプしか本当のM&Aアドバイザー、M&Aバンカーにはなれません。創業者、経営者と同じです。敢えて茨の道を選んだからこそ、本当の力がつくわけですので。
経営に余裕があり、クライアント利益に忠実に業務を遂行するという確固たる信念を持つM&A会社は、広く探せば必ず見つかるものです(当社に到達するまで30社と話をしたというクライアント様もいましたが、その30社中で当社の他に2社悩んだ先がいるとおっしゃっていました。つまりサンプル数は少ないですが1割のヒット率です)。
当社は、できるだけM&A以外の解決策も含め十分検討し尽くした上で、それでもやはり「M&Aで売るのが一番」と腹落ちいただいてから案件を受託するようにしています。
なぜなら、当社のように僅かな報酬で売却前準備に多くの時間を割く場合(つまりハイリスクな業務をさらにハイリスクにしてクライアント利益を優先している場合)、途中で「やっぱりM&A止めた」と言われた場合のダメージは計り知れないし、買主等を含む関係者全員にとっても余計な負担だけが残り、ご迷惑をかけてしまう可能性があるからです。実際、売らない方が良い、売る以外の方法ですべての問題が解決する場合もあります。
タイミング選びを邪魔されないように
M&A会社を選び間違えると、せっかく準備して、最高のタイミングまで待ったのに、ボロボロの結果になるリスクがあります。
なぜかといえば、多くのM&A会社は業務委託契約の中で、厳格なテール条項(数年間、自社が連れてきた相手、もしくはそれ以外の相手であってもM&Aをしたら成功報酬を数千万円払うべしという条項)が設定されるケースが多く、契約するまでは優秀そうな担当者が丁寧に説明していたのに契約してから担当者がいきなり未熟な人に変わったり、そもそも公正な評価で売却するための最低限の専門知識やハードな交渉をする際のコスト負担を嫌う体質が定着したM&A会社も多いからです。
それでも工夫すればなんとかなる
最後に、オーナーの個人的事情で早く売りたい、と思っているケースでも、冷静に柔軟に考えを巡らせると、必要な時間を確保できる道が見つかるものです。
あらゆる選択肢の中からM&A会社売却が一番となったら、ベストな準備をしてベストなタイミングで売ってください。
工夫もせず安易に売却プロセスに乗せても凡庸な成果(中堅なら安い価格、中小なら激安価格、零細ならそれ以下)しか期待できません。そういう構造に日本の中堅中小M&A市場はなってしまっています。
売るまでの時間の使い方が、M&A会社売却で成功するための一番大事なポイントだと思っています。